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今夜の番組チェック

 

 

 

Hit Hit Hit!(45s) 4

 

 

◎ヤング・ワン  “The Young Ones”
 ★クリフ・リチャード    1963年  チャートなし  1962年 UK 1位


■イギリスの若大将。クリフの日本での初ヒットです。実はこの曲東芝から発売される1年前、日本コロンビアから ヘレン・シャピロの 「あなたのお側に」とカップリングで発売されていました。その時のタイトルは「ぼくは若いんだ」。 現在もレコードコレクターの間では高値 で取引されている。この曲は彼主演の映画「若さでぶつかれ!」の挿入歌 の1曲で他にも多数の楽曲やシャドウズのナンバーが使 用されている。以前発売されていた日本コロンビア・ヴァージ ョンは弦楽演奏のバックで歌っていたが、この東芝盤はLPヴァージョン (弦楽演奏なし)を使用している。イントロで 流れるハンク・マーヴィンのギターの音色にKOされた私です。この後もクリフは日本でヒット を連発してます!

 



 

◎恋の大穴  “A Big Hunk O'Love”
 ★エルヴィス・プレスリー  1959年  1位
■キング・オブ・ロックンロール・エルヴィスは,徴兵制度で兵役についていた58年2月〜60年の除隊までの期間、音楽 活動を中断していたが、その間一度だけ58年6月休暇で故郷のナッシュビルに帰った時、5曲をレコーディングしている がその中の曲がこれだ。50年代のエルヴィスは、正にキング・オブ・ロックロールであったが、60年代に入ると多くの映画 に出演しポップ色が強くなる。バラードの素晴らしさが際立っている。60年代後半はやや翳りをみせるが、70年代、 「エルビス・オン・ステージ」「オン・ツアー」で再び甦る。個人的な好みは、やはり50年代のエルヴィスで、胸の剥くよな ロックンロールがたまらない!       ♪〜 エルヴィス・シングル盤コレクション〜♪    
◎悲しきテレフォン・デート  “Telephone(Won't You Ring)”
 ★シェリー・フェブレー    1963年   109位
■ジョニー・エンジェルのビッグヒットで一躍スターになったシェリーだが、実は、「ジョニー・エンジェル」の日本盤ジャケットに 映っている人は、シェリー・フェブレーでは無い事知っていました?レコード会社が間違った写真を使用した為らしいのです が、当時は情報不足でしたから・・・。「ジョニー・エンジェル」以降の写真を見れば一目瞭然です。(笑) この作品は彼 女の2ndヒット「ジョニー・ラブズ・ミー」と同じバリー・マン&シンシア・ワィルの作品です。マン夫婦の作品悪かろうはずがあ りません。ビッグヒットは記録しませんでしたが素晴らしい作品です。シェリーは後にルゥー・アドラーと結婚しています。                ♪〜シェリー・フェブレー日本盤シングル・コレクション〜♪           
◎テル・ミー  “Tell Me(You're Coming Back)”
 ★ローリング・ストーンズ   1964年  24位
■これカラー・コピーじゃないですよ!(汗) 何故か上部右端だけが印刷ミスしています。(お陰で安かったですけど) 未だにストーンズの作品で一番好きな曲です。ステージでは、古いナンバーを演奏していますが、この曲は無理かな? ブルースのコピーが多かった彼らがポップなオリジナルを作った作品でミック・ジャガーとキース・リチャードの作品ですが、 ジャケットにはケース・リチャードの表記が!(爆) 静かなアコースティックのギターで始まりミックのボーカルが徐々に盛り 上がっていく。たまりません!バックコーラスが揃っていませんが、そこがストーンズらしさ(笑) いいんです。
◎ウェイティング・フォー・ユー “Tired Of Waiting For You”
  ★キンクス      1965年    6位
■USのバンドに比べてUKのバンドは、息が長い。キンクスも今だ現役バンドだ。レイ・ディヴィスを中心に結成されたバンド だがストーズに似て、模範生だったビートルズに反して不良臭さを売りにしていた。個人的には、初期の彼らの作品が大好 きで、今でもよく聴いている。この曲は、全米では6位止まりだったがUKでは、2度目のNO.1を獲得している。初期のキンク スはPYEレーベルだが、この時代PYEレーベルはUKの人気アーティストが多かった。昨年。UKで行われたエリザベス女王即 位50周年のコンサートでレイが、生ギター1本で「ローラ」を歌っていたが、今だに多くの観客を魅了するステージは歓喜もの だった。
◎ディア・エロイズ  “Dear Eloise”
  ★ホリーズ    1967年    50位
■ホリーズのコーラスは、いつ聴いても素晴らしい。特にグラハム・ナッシュ在籍時期が最高だった様な気がする。 この作品は、サイケデリックなムードで始まるが、ボーカル部分から、元気の良いホリーズらしいコーラスが存分に聴ける作品 に仕上がっている。日本では、「バスストップ」しか印象に無いバンドだがアルバム、シングルを含めて素晴らしい作品が多い。 この曲をフューチャーしたアルバム「Butterfly」は、彼らの意欲作で傑作だ!
◎夢のディープ・パープル  “Deep Purple”
 ★ニノ・テンポ&エイプリル・スティーブンス  1963年 1位
■エイプリル・スティーブンスは、このヒット曲の以前の59年末に「Teach Me Tiger/ピンクのタイガー」で86位のスマッシュ ヒットを記録している。外国のお色気ソングで有名な曲である。表題曲は、1934年、ピーター・ドゥ・ローズが作曲したスタン ダードナンバーで後でミッチェル・パリッシュが作詞をつけました。この曲は、1957年、ビリー・ワード&ドミノスで20位を記録 しているし、最も記憶が新しいものでは、1976年にダニー&マリー・オズモンドが14位のスマッシュヒットを記録している。 ダニーは、往年のヒット曲のリバイバルを積極的に発表していた。
◎悲しき朝やけ  “Dawn(Go Away)”
 ★フォー・シーズンス  1964年   3位
■Vee-JayからPhillpsに移籍しての第一弾で、この頃の彼らの作品は充実した内容の作品が目立つ。 フォー・シーズンズは、メンバーのボブ・ゴーディオとプロデューサーのボブ・クリュウの作品が中心で素晴らしい作品が多い。 Vee-Jay時代は、どちらかと云うとコミカル的な内容の物が多かったがPhillpsになって変化した様に思う。彼らは、基本的 にはドゥーワップ・スタイルをベースにしたサウンドでフランキー・ヴァリのファルセット・ボイスがトレードマークになっていた。 現在、日本ではオリジナルアルバムが廃盤状態で残念だが多くに人に聴いて欲しいアーティストである。                          ♪〜フォー・シーズンズ日本盤・シングル・コレクション〜♪
◎ソウル・アンド・インスピレーション “(You're My)Soul And Inspiration”
 ★ライチャス・ブラザース   1966年   1位
■PhillesからVerveへ移籍した彼らの2度目のNO.1ヒット。前回のNO.1ヒット“ふられた気持”よりも連続1位の座を長く 伸ばした。この作品も人気ライターバリー・マンとシンシア・ワイルの作品で、“ふられた気持”同様ドラマティックな作品である。 私の場合両方共、大好きだがどちらかと云うとこの曲の方が耳に馴染む。プロデューサーは、ビル・メドレーでスペクターの 影響を強く感じる作品に仕上がっている。今聴いても素晴らしい作品である。
 
◎グルーヴィン  “Groonin'”
 ★ヤング・ラスカルズ    1967年    1位
■当時、アトランティック側は、この曲をシングルで発売する事に反対であった。アトランティック側は、白人でソウルフルな ダンスを踊れるバンドで売り出そうと考えていたからだ。彼らの最初のNO.1ヒット“グッド・ラビン”もビートの利いたソウルフルな ナンバーだった。2枚目のNO.1となったこの曲は“グッド・ラビン”とは、対照的なスローなナンバーで鳥のさえずりのSEが効果 的だ。この年、彼らは、TOP10ヒットを3曲、TOP20を2曲送り込んでいる。その後、YoungをとりRascalsにグループ名を戻 している。     ♪〜ラスカルズ日本盤シングル・コレクション〜♪
◎ヤング・ガール  “Young Girl”
 ★ユニオン・ギャップ   1968年    2位
■私がモンキーズに夢中だった小学生の頃、ラジオのベスト10番組でよく流れていた曲である。ユニオン・ギャップは、 トレードマークがミリタリールックで写真でしか見た事がないが、いつも軍服姿であった。彼らは、女性を題材にした作品が 多く“Woman,Woman”、“Lady Willpower”、“This Girl Is A Woman Now”等のTop10ヒットを連発したが、如何せん 曲調が似ていた為、67年末から70年までの短命に終わってしまう。ボーカルのゲーリー・パケットは、声量のある素晴らしい ボーカルで魅了した。尚、ユニオン・ギャップの名前の由来はワシントン州の歴史的な街の名前からきている。
◎デイドリーム  “Daydream Believer
 ★モンキーズ    1967年    1位
■TVの「モンキーズ・ショー」を観て意味もわからず初めて買った洋楽のレコードが「モンキーズのテーマ」だった。 その後もモンキーズ熱が冷めなかったが、楽曲の良さに目覚めさせてくれたのが、この曲だった。いわいるアーティストではなく 楽曲に初めて惚れた作品だった。良い曲は甦るごときCMに使われた81年に再度日本で大ヒットを記録。廃盤状態だった 彼らの作品も再リリース。デービーは、ソロコンサートも行っている。私の原点とも言える作品である。John Stewart作。
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◎想い出の日曜日 “Sunday Will Never Be The Same”
 ★スパンキーとギャング   1967年    9位
■ジェリー・ロスがプロデュースしたこの曲は、ソフトロック仕立てのコーラスの美しい作品になっている。スパンキーこと エレン・マクファーレンと男性3人からなるこのバンドは、当時イギリスでヒットを飛ばしていたシーカーズと比較される事が 多かった。オリジナルアルバムは、3枚発表しているが、どの作品も素晴らしく、フォークタッチのポップスでコーラスの素晴 らしさを堪能できる作品である。
◎太陽への旅路  “Long May You Run”
 ★スティルス・ヤング・バンド   1976年  チャートなし
■犬猿の仲のスティルスとヤングが再び組んでアルバムを作り上げた。アルバムタイトルにもなっているこの作品、 なんとも素晴らしいポップな作品に仕上がっている。アルバム自体は散漫なところも見られるがこの表題曲は琴線を 刺激する作品だ。この作品後、彼らは全米コンサート・ツアーに入るが、直ぐに決裂してしまう。バッファロー、CSN&Y 以来の二人のコンサートもあっけない結末で幕を下ろした。
                                                                                                ♪〜ニール・ヤング、CSN&Y関連日本盤シングル・コレクション〜♪
◎ティーチ・ユア・チルドレン “Teach Your Children”
 ★クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング  1970年  16位
■グラハム・ナッシュって何て優しい曲を書くんだろうと思ってしまう。映画「いちご白書」でも流れた“僕達の家/ Our House”を聴いて思った感想だった。スティール・ギターを効果的に使ったこの作品も素晴らしく、彼らの最大の魅力 のコーラスをふんだんに使った作品。映画「小さな恋のメロディ」でもエンディングに使われ日本でもヒットした。CS&Nに ニール・ヤングが参加してCSN&Yとなって、当時の、ミュージック・ライフでスーパー・グループ誕生と書かれていた。 あの頃の、私は彼らの良さがよく判らなかったが、この曲を聴いて納得しました。今聴いても良い曲だと思う時代を超えた 作品の様な気がします。                

◎ピアノ・マン   “Piano Man"
 ★ビリー・ジョエル    1974年    25位


■ビリーが、日本でヒットを記録したのは四作目のAlbum「ストレンジャー」からで、シングル「素顔のままで」からである。 その後、日本でもビリーの人気は凄まじく本国USでもシングルカットされていない「ストレンジャー」や「オネスティ」等も 独自にシングルカットしヒットを記録している。この曲「ピアノ・マン」は、本国では、スマッシュヒットを記録しているが日本 では全くヒットしなかった。ピアノとハーモニカを上手く使った素晴らしい曲で、今聴いても全く古さを感じさせない名曲である。 近年、彼はクラシック活動に専念すると公表しているが淋しい限りだ。

 

◎さよならハリウッド  “Say Goodbye To Hollywood”
 ★ロニー・スペクター     1977年   チャートなし
■ビリー・ジョエルが、フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドに捧げたオマージュ。(ロネッツのロニーに捧げたと云った方 が良いかもしれない) ビリーもこの曲がお気に入りのようでステージでは、いつも演奏している。その捧げたロニーが、 ブルース・スプリングスティーンのパートナーである“E”ストリート・バンドをバックに従えて歌っています。ライナーは八木誠氏が 担当しています。実は、このレコードを手に入れた直後、ナント八木氏と交流を持つことが出来た、私にとって思い出深い レコードになりました。
◎明日なき暴走  “Born To Run”
 ★ブルース・スプリングスティーン  1975年   23位
■今やアメリカを象徴するアーティストになった彼がスターダムにのし上った作品。作品としてはマンフレッド・マンズ・アース・ バンドの「光に目もくらみ」のヒットで注目されたが、自作のヒットはこの曲からである。当時、バンド活動をしていた私は、 こういった作品は聴かなかったのだが、同名のアルバムジャケットが気に入り思わずジャケ買いした記憶があります。 アルバムは、「涙のサンダ−ロード」から始まるが大正解。徐々に盛り上がる構成でA面ラストの「裏通り」で頂点に達する。 一気にこのアルバムの虜になった。シングルは、大分後に手に入れたが、B面が「裏通り」であった。AB面共に素晴らしい 作品である。

◎光と影   “Both Sides,Now”
 ★ジュディ・コリンズ    1968年   8位


■ジュディ・コリンズのビッグ・ヒット。ジョニィ・ミッチェルの作品です。このシングル日本では翌年「青春の光と影」の映画に 使われタイトルとジャケットを替えヒットしました。初回のこのジャケットを手に入れるのも時間を要しました。原題は「BothSides,Now」なのですが、私の持っているサンプル盤はナント「Boss Sides Now」の表記が!・・・E,Yazawaじゃないんだから。 思わず苦笑した私です。この曲。60年代末、ラジオで偶然聴いていっぺんに好きになりましたがタイトルとアーティスト名が わからず苦労した憶えがあります。確かミュージック・イン・ハイフォニックで曲名だけは知りました。アーティスト名をわからない ままレコード店へ行ってタイトルと女性が歌っている事を知らせ運良く買えた憶えがあります。
◎テレフォン・ライン  “Telephone Line”
 ★エレクトリック・ライト・オーケストラ   1977年   7位
■昨今、ELOのリマスターや編集盤が盛んに発表されている。ELOは、ジェフ・リンとロイ・ウッドが結成したバンドだが、ロイは直ぐに脱退。初期は、クラッシックの要素を含んだ作品が多かったが途中からはポップな作品に変化している。当時は、ELO の良さがわからなかったが、今聴くと心地よい。この表題曲もドラマチックな作品で素晴らしい出来である。 、

◎恋のウー・アイ・ドゥ  “Ooh I Do”
 ★リンジー・ディ・ポール    1974年   チャートなし


■リンジー・ディ・ポールは、私が高校時代、最も魅力的な女性シンガーだった。イギリス女性にしては非常に小柄だったが 大きなつばのある帽子をかぶりピアノを弾いていた彼女が魅力的だった。口元の黒子もSexyだった。この曲は、彼女の 作品でも一番好きな作品でスペクターのウォール・オブ・サウンドを意識した作品に仕上がっている。当時、放映されていた ミッドナイト・スペシャルやイン・コンサートによく出演していたので観た方も多いことだろう。日本でも人気があった女性 アーティストの一人だ。
◎愛に狂って  “Fooled Around And Fell In Love”
 ★エルヴィン・ビショップ   1976年     3位
浪人生活の76年に出会ったいわくつきのレコードである。シングル盤を当時、殆ど買わなくなっていた私が久しぶりに買った レコードでしたが、家で聴いて見た所どうしてもノイズが入る事を発見。そうです!傷がついていたのでした。即、カセットに 録音し(笑)違うレコードと取り替えて貰った記憶があります。小さなレコード店でしたので同じレコードを2枚在庫していなかった のです。それから、このレコードに20年ぶりで出会った時、感激でした。(それまで縁が無く全然手に入れることが出来ませんで した。) ボーカルは、ミッキー・トーマス。アルバム・バージョンとの違いはギターソロが半分カットされています。ラジオで聴き 馴染んだ私はシングル・エディットがお気に入りです。エルヴィン・ビショップの長い音楽生活で最高位を記録しています。
◎レッツ・プリテンド  “Let's Pretend”
 ★ラズベリーズ    1973年    35位
■私が、中学3年生の時に、八木誠氏のベスト10番組で彼らの「ゴー・オール・ザ・ウェイ」で衝撃的な出会いをしてから、 こよなく愛したグループである。荒削りながらパワー・ポップの素晴らしさを堪能できるグループである。エリックのボーカルは 、シャウトし、初期のポールを彷彿させる。そんな彼らの5枚目のシングルは、エリックのセクシーな歌声が聴けるバラードで 更に魅力いっぱいである。このシングルが発表された時期、私は、高校1年生でしたが、エリックの歌声に魅了された記憶 があります。後に、エリックは、ソロで数々のヒット曲を発表していますが、近年話題が無いのが残念です。彼の復帰を 熱望している多くのファンの為にも新作を送り届けて欲しいものです。                                                                  ♪〜ラズベリーズ日本盤シングル・コレクション〜♪
◎5−10−15−20−25−30イヤーズ・オブ・ラヴ   “5-10-15-20( 25-30 Years Of Love )”
 ★プレジデンツ    1970年    11位

■長い間、捜し求めていた日本盤シングルです。この曲は、アメリカではヒットしましたが、残念ながら日本では殆ど話題に なりませんでした。このレコードのレーベルであるSUSSEXレーベルが日本で発表されたのが若干遅れたせいもあるのでしょ うか?この曲が発表されたのは70年9月なのですが、日本盤が発売されたのは、翌年71年の11月でした。この作品 、プロデュースは、ヴァン・マッコイで、素晴らしいソウル・バラードの作品になっています。日本盤のシングル&アルバム共 ライナーは、八木誠氏。

 

 

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