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Pick Up Artist

 

 

Dan Fogelberg

 

 

 

 

 

ダン・フォーゲルバーグとの出会いは結構遅く、1978年公開の映画「FM」の中で流れていた「There's A Place In The World For A Gambler」からである。
この映画にはスティーリー・ダンの主題歌を始め、ドゥビー・ブラザース、イーグルス、リンダ・ロンシュタット他豪華なアーティストの作品が流れていたが、中でもダンの 「There's A Place In The World For A Gambler」は珠玉の作品で私を一変に虜にしてしまった。その後、彼最大のヒット曲「ロンガー」で日本でも有名になる。 イリノイ州のビーリア生まれで子供の頃から両親の影響を受けピアノのレッスンを始めるようになる。そして祖父がプレゼントしてくれたギターでより音楽に親しむ様に
なる。ハイ・スクール時代はガレージ・バンドに参加しクラブなどで歌っていた。イリノイ大学に進んで絵画の勉強をしていたが音楽活動の為に中退し ロサンジェルスへ行き、クラブ等に出演したり、ヴァン・モリソンのツアーの前座を務めたりしていたが、中々彼の音楽を認めてくれるプロデューサーと 出逢えずナッシュビルへ流れて行く。しかし、この地で1stアルバムのプロデユーサー、ノバート・プットナムと出会うことになる。 ナッシュビルでは重要な 人物と出逢っている。イーグルス、ジミー・バフェット、そしてマネージャーのアーヴィン・エイゾフである。彼の尽力によってレコード・デビューする事が 出来たのである。しかしこのアルバムはCBSスタッフのプッシュも無く商業的に成功を収めることは出来なかった。ダンは、ナッシュビルに腰を落ち着け 曲作りやセッションワークに励むが、1974年、再びロサンジェルスに戻り「Souvenirs/アメリカの想い出」を発表し認められられるようになる。 このアルバムは、イーグルスのメンバーが全面バックアップしているし、後にイーグルスのメンバーになるジョー・ウォルシュのプロデュースである。
1975年には「「Captured Angel/囚われの天使」を発表。このアルバムは一人で殆どの楽器もこなしプロデュースも担当したワンマンアルバム。
その後、1977年「Netherland」、1978年ティム・ワイズバーグとのデュエット・アルバム「Twin Sons Of Differetmothers」、1979年には彼の最大
ヒット曲「ロンガー」が挿入されている「Phonix」を発表、1981年2枚組の 意欲作「Innocent Age」を発表。
時代がAORを求めた為に、彼の音楽も少なからず変化が生まれ以前ほど、正直言って聴く機会が減ってしまったが、70年代中期から80年代中期の
彼の感性は素晴らしく聴くものを魅了する。大自然に響くアコースティックのギターは未だに魅力的だ。

 

 

 

 

 

 

Dan Fogelberg 45S 

 

 

 

 

 

 

Dan Fogelberg Album

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dan Fogelberg Chart Action

 

 

Dan Fogelberg
Record Title
Date Charted
W.Chrted
Peak Pos
1
Part Of The Plan
02-01-1975
9
31
2
Power Of Gold
10-14-1978
14
24
3
Longer
12-15-1979
22
2
4
Heart Hotels
03-22-1980
13
21
5
Same Old Lang Syne
12-13-1980
18
9
6
Hard To Say
08-29-1981
18
7
7
Leader Of The Band
11-28-1981
20
9
8
Run For The Roses
04-03-1982
14
18
9
Missing You
10-09-1982
16
23
10
Make Love Stay
02-05-1983
16
29
11
The Language Of Love
02-04-1984
14
13
12
Believe In Me
04-28-1984
9
48
13
Go Down Easy
03-23-1985
4
85
14
She Don't Look Back
05-30-1987
6
84

 

 

 

Dan Fogelberg オフィシャルHP

http://www.danfogelberg.com/

 

 

 

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